メアリー佐野・プロフィール
ダンカン舞踊4代目後継者・指導者。師ミニヨン・ガーランド(イサドラ・ダンカン・ヘリテッジ・ソサエティ創立者)を通じ、イサドラ・ダンカンが切り拓いたモダンの精神をメソッドに発展させたイルマ・ダンカン、アンナ・ダンカンの仕事にルーツをもつ。その純粋な舞踊系譜で際だったキャリアを積むかたわら、ホーテンス・クーラリス、ジュリア・レヴィン、アナベル・ギャムソン、マドレーヌ・リットンら、「ダンカン・トラディション」の主だった後継者の面々からも学ぶ。
出生の地である日本で幼少時から舞踊を学び、その後、1979年にガーランド氏に合流。1983年にはイサドラ・ダンカン・ヘリテッジ・ソサエティ日本支部を創設し、当時拡大しつつあったダンカン舞踊の重要性に対する認識をさらにうながす触媒の役割を果たした。踊り手であると同時に舞踊研究者でもあり、米国ミルズ大学舞踊学部で、モダンダンスの系譜上主要な面々の舞踊テクニックを網羅して研究し、1991年に同大学から修士号を受けている。イサドラ・ダンカンの仕事に日本舞踊が与えた影響(ダンカンは影響を受けたことを著作の中で言及している)についての論文も発表、在学中の1990年には、イサドラ・ダンカンの伝記の中でも高い評価を得ているフレドリアカ・ブレア氏の著書「イサドラ」を翻訳出版している
1993年に「メアリー佐野&ダンカンダンサーズ」を結成、4人の中心メンバーからなるこのカンパニーは、公演によっては10人の踊り手を擁し、ダンカンの出生地・サンフランシスコを本拠地に活動。バークレーのテンプル・オブ・ウィングス、サンフランシスコのレジョンドヌール美術館、デヤング美術館、イェルバブエナ庭園などで公演を重ねている。ギリシア・アテネでの1994年のソロ公演以降、国際的評価を得て、自ら率いるカンパニーとともに2000年には東京のイサドラ・ダンカン・ヘリテッジ・ソサエティとの来日合同公演を行い、2002年には、ブダペスト国立舞踊劇場で開催された「インターナショナル・イサドラ・ダンカン・フェスティバル」に招聘参加、その後ハンガリー国内を巡演。メディア出演としては、NHKテレビ(日本)、KBSテレビ(韓国)など。2001年にジャパン・ファウンデーション、2000年に東京都歴史文化財団および岐阜県の文化基金から助成を受けている。
カンパニーは、ショパン、シューベルト、ブラームス、グルック、スクリャービンの楽曲によせて創作されたダンカン作品の傑作すべてをレパートリーとしており、カンパニー・ディレクターである佐野はさらに、ダンカンの舞踊様式と舞踊哲学に対する深い理解と洞察に、日本の伝統舞踊やモダン、ジャズなどの様式を融合させたあらたな振付作品を発展させている。近年の主な作品には、日米サンフランシスコ平和条約50周年記念公演「過去・現在・未来—月によせる願い」(2001年)、ダンカン・テクニックとアジアの影響を融合した「Duncan Dance—Zen and Now」(2002年、ブタペスト初演)など。これらの作品は批評家から「魔法のよう」、「精巧」、「隅々まで意識が行き届いている」、「躍動する伝統」などと評された。
サンフランシスコのダンカンの生誕地近くで「メアリー佐野スタジオ・オブ・ダンカンダンシング」を1997年に開設。ダンカン芸術の保存と普及、およびダンカン芸術の同時代性を探求すべく新作の創作活動を続けていくために捧げられたこの場で、後進の指導にあたり、公演を行い、舞踊・音楽・演劇の各種イベントをプロデュースしている。主なイベントには、毎年5月にイサドラの誕生日を祝して催される「ディオニシアン・フェスティバル」、11月にスタジオ開設日を記念して行われる「テルプシコーリアン・セレブレーション」がある。

